<< 中秋の… 秋香来友 >>

初めの一歩(魯山人篆刻考)

f0126896_2352174.jpg

人に聞かれます
何故篆刻を始めたの?

若い子にはもっと辛辣に それって楽しいですか?

自分でもなんで始めたんだろうって、明確に答えが言えません

魯山人の器が好きだからか

魯山人の本を読むと、書家・篆刻家 魯山人の姿が見えてくる
もっとも本当の(何が本当かは解らないが)篆刻家 から言わせると
魯山人の篆刻は散々なものとなる
篆刻家 小林斗盦は1987年9月号の芸術新潮でこう言っている

篆刻の良し悪しは、(中略) 伝統をどれだけ踏まえた上で
どれだけの個性を発揮しているかということになる。
こうした基準で魯山人の篆刻に対すると、あまりにも水準が低いのに驚く。
基本に対する無知、幼稚な構成、劣った刻技 どの面から見てもデタラメであり、ゲテモノに
過ぎないのである。

魯山人は横山大観や川合玉堂らの印を刻っているが、きっと彼らは使わなかったろう
とまで言っている。

そうなんでしょう きっと
私も篆刻をかじっている身から見ると、篆刻や書は確かに決まりごとが多い
あまり書物も読むのが好きではなかった魯山人
誤字も多かったのでしょう、篆刻の伝統的な勉強もあまりしていなかったのかもしれません。
でも それでも人々が魯山人の作品に惹かれるのは何故でしょう

魯山人は希代のプロデューサーであったヒトですから、あらゆる分野で「趣味の良さとは何か?」
「芸術とは何か」を追求した時代のコーディネータなんだと思います。
書も篆刻も自己流でダメだ、みたいなことを言っていますが
雅印は芸術性を共有できる友人のために刻って送りあったりするものであり
そこには美というものを同じレベルで見れる「雅(みやび)」な感覚が必要なんだと思います
魯山人の篆刻や濡額は大正期の金沢や加賀の数寄者達から絶大な支持を得ました
また 関東大震災の前の日本橋界隈には魯山人が刻った濡額の看板が たくさん掛っていたといいます
その多くが震災で灰塵に帰してしまったのが残念ですが

下手な知識だけで、肝心な創作性がなければ、只の判子屋さんになってしまう
そんな気がします

青山二郎や白洲雅子など生前に魯山人と親交があった人たちは
彼のことを その多くが性格から酷評しています
曰く 作品は過去の名作の物真似である とか 魂が無い とか
しかし、所詮 青山さんも白洲さんも物を創ることの出来ない批評家にすぎません
物を創れない人間にとやかく言われる筋合いはありません

1957年に板画家 棟方志功は魯山人の雅印を書物で切望しています。

北大路先生の製印を願ひたくと望んでいます。
ー前々から会ひば乞うているのですが、未着です。

1988年の芸術新潮に川合玉堂のお孫さんの話が出ておりました
いわく、玉堂は絵に使う雅印は魯山人の篆刻を一番優れている
といって愛用していたそうです。
日本はもとより、中国にもない味を持っていると


私の篆刻事始めの話から だいぶ脱線してしまいました
今日は布地を行いました。
姓名印です
本名が解ったしまったかな(マズっ!)
[PR]
by hayatedani | 2009-09-26 22:23 | 篆刻・陶印・書 | Trackback | Comments(10)
トラックバックURL : http://hayatedani.exblog.jp/tb/12010877
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by at 2009-09-27 20:30 x
魯山人は篆刻家でもあったのですか?!そういえば、昨日の日経か朝日の土曜おまけ版に魯山人に記事がありましたね。帰国後2ヶ月弱が経ちました。日本に慣れてしまいました。悲しいやら嬉しいやら…
Commented by tutti- at 2009-09-28 12:43 x
決まりごとが必要なときはあると思いますが、それではその人らしさ、個性がでませんものね。たまには枠からはずれちゃってもいいと思いますし、案外そのほうが人をひきつけたりしますよね。だから魯山人に魅了されてしまうんでしょうね。
私も枠からはずれて大きな人になりたいです。
Commented by アトムママ at 2009-09-28 12:53 x
所用で日帰り札幌に行ってきました。ANAの機内誌に篆刻の特集があったので、もらってきましたよ。そのページだけ切り取ってお送りしますね。
趣味がどんどん深まっていくのがすごいですね。素敵です。
Commented by w-scarecrow at 2009-09-28 22:19 x
疾風谷さんの言われるように魯山人はプロデューサーのような気がします。
魯山人とともに志野を復興した荒川豊蔵は根っからの陶芸家、自分のなかでは魯山人=秋元康になってしまいます。
作った作品が多すぎます。
Commented by hayatedani at 2009-09-28 22:26
※さん 魯山人は篆刻家から出発したのです。
どうも料理→陶芸の見方をされてしまいますが
魯山人の書も絵画も秀逸ですよ
Commented by hayatedani at 2009-09-28 22:29
tutti-さん 前にも話したかもしれませんが
魯山人の言葉で私がすきな言葉
「途方もない考えが無ければ、途方もない結果は無い」
決まりごとの中で埋没するうつわではなかったのでしょうね
Commented by hayatedani at 2009-09-28 22:32
アトムママさん 骨董通りではお世話になりました
秋を堪能させていただきました。
行けなかった方たちの恨みつらみは聞き流しましょう
ところでブログのURLを至急お知らせください
Commented by hayatedani at 2009-09-28 22:43
w-scarecrow さん
魯山人=秋元康とは絶妙なたとえですね
わかもと製薬の景品にも使われた魯山人の器
その景品がいまでは数十万から数百万で取引きされている
まさに名プロデューサーといえるかもしれません



Commented by くらいけ at 2009-09-30 23:17 x
人と違うことをやる。常識の殻を打ち破ってこそ生まれる個性ですよね。それが多くの人々の共感を得られれば天才なのかな。ただ、それが出来る人って元来普通の人じゃないですけどね^^;
それにしても読めない・・・(笑)
Commented by hayatedani at 2009-10-01 22:28
くらいけさん 狛犬 楽しみですね
古美術の心をくみ取り、それを自分のものとして創作のうえで
自由に活用している魯山人。
もとから美に対しては常識など無かったのでしょうね。
<< 中秋の… 秋香来友 >>